2012年1月23日 (月)

春節

…なので、大晦日に、先週うかがった深草の餃子屋に行きました。
横浜や神戸や長崎の中華街と違って静かなものでしたが、店内は満席で、隅っこのほうで水餃子と酒で新年を祝ってきたところです餭

どうも旧正月というのは、私の心持の中では、結構な重みがありまして、つらつら思うのですが、祖母の影響が強いようです。
私の祖父は、戦前、満鉄に奉職していたことがあり、日本の敗戦まで哈爾濱で生活しておりまして、母もそこで生まれました。
祖母は、毎年正月が近づくと、大量の餃子を作って、地下室にしまいこんでいたそうです。

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産着を着た乳児を抱いているのが祖母です。

住まっていた建物は、現在も残っていて、3年ほど前に母を連れて訪れてまいりました。 
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2009年に哈爾濱を訪れたときの建物の様子

冬の哈爾濱は、私も経験がありますが、フツーに零下30度とか40度とかという気温で、今でも冬場は、却ってアイスクリームの売れ行きが伸びるとか…Ӥä

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太陽島(戦前から、太陽島)の氷雪祭

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松花江はカチコチです。私は歩いて渡ってきました…礭

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松花江に沈む夕日…

2012年1月15日 (日)

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橋下新市長が誕生して、発言は益々切れ味を増している気がしますӤä
今日は、報道ステーションの日曜版での討論で、北大の山口二郎先生をぶった斬ってました。
山口行政理論は気持ちが悪いので橋下節は聞いていて実に気分が良かった㤭Фのですが、この趨勢は何となく既視感があって、少々薄気味悪い気がします。

Weimar体制の下で1932年にドイツ首班となったフランツ・フォン・パーペン(Franz von Papen)が続けた宥和政策は、まさに今の野田内閣のような脆弱な基盤の上で、他党や他会派との協調路線で、すっかり国民に愛想を尽かされました。
民主的な政権であるにもかかわらず、支持は急落し、国民は強い指導者を望み、選挙で新たな強い指導者を選んだのです。
その指導者の名は、アドルフ・ヒトラー。
その後に、ドイツが辿った運命は、改めて説明するまでもありますまい。

実は、2003年のイラク戦争のときにも、アメリカ通の友人と大議論をしました。
私は、イラク戦争猛反対NG、彼は大賛成OK
彼の言に基づけば、アメリカ建国の歴史を踏まえると、このまま黙っているわけには行かないという理屈は理解できないわけではないが、中東におけるアメリカのプレゼンスの維持は、1930年代の、中国に対する日本のプレゼンス拡張と実に近似している観がありました。
パクス・アメリカーナに依存している我が国の安全保障環境に照らせば、中東への過度の介入が、既視感を以て非常な危惧感があったのです。
私の予感が当たったかどうかは別にして、“歴史は繰り返す”という格言をあまり軽視しない方が良いのではないか

先日、京都の伊勢丹でワインの“叩き売り”をやっていて、フランケンのジルヴァーナを格安(1700円くらい)で買いました礭

今夜は、長岡屋のかまぼこの燻製をつまみにちびりちびりやっております。
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Wuerzburger Stein Silverner Kabinett, 2006
参考価格3500円(伊勢丹価格5000円)

福吉

伏見の深草に、「福吉」という餃子屋があると聞き、友人と訪れました。

自宅から行けば、出町柳から京阪の藤森(ふじのもり)で下車して歩いて5-6分なのですが、今日は生憎京都駅に御用があって、このルートは使えません。
本来なら、京都駅から奈良線で一駅先の東福寺で京阪に乗り継ぐのが正道ですが、裏技で、高速バスを使うことにしました。

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名古屋行き高速バス 京都・烏丸口から1時間に1本出てます。

京都駅から、名古屋行きの最初の停留所が、名神深草で、所要15分で運賃は210円。
市バスやJRと京阪を乗り継ぐより、早くて安い!
今日は車内ががらがらだったのでよかったのですが、混んでたらちょっと少々気が引ける利用方法です。

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バスの乗車券 ちなみに、私の名前は、“モリ”ではありません。

お店は、名神深草から徒歩で5分ほどの住宅街にあります。

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龍谷大学が近くて、学生御用達という触れ込みでしたが、どうして、まさに中国!
店の雰囲気といい、においといい、懐かしい趣のある店で、一発で気に入りました。
日本では、なかなかお目にかかれないタイプの店で、新宿御苑前の隋園を訪れて以来の感激です。

看板には、東北料理とあって、献立は東北メインですが、中には日本人が好みそうな南方料理もいくつかあります。

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店内の様子

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餃子の種類はたくさんありますが、いずれも中国ではオーソドックスなものばかり。
哈爾濱の餃子屋を思い出しました。

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水餃;3人前だが、写真を撮る前にだいぶ食べちまいましたå

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韮入りの鍋貼

水餃と地三鮮、韮の鍋貼をビールと白酒で流し込みます。

水餃子はきのこと白菜と豚肉の三種類、売り切れでしたが、セロリやキャベツの餃子も再挑戦したいものです。

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地三鮮 作ってもらっていながら恐縮ですが、これなら私の方がうまくできます礭
ちといまいちだったかなあ…
狼

お店の方は、撫順の出身だそうで、地三鮮は献立にないのにわざわざ作っていただきました。感謝!

白酒ܼも、メニューにないのに、正月に中国に帰った折に持参した山東省曲阜の“孔府家酒”を提供していただきました。
哈爾濱の田舎酒と違って、香りは最高に良かったです。

この界隈は初めてなので、もう一軒梯子してきました。
行動パターンが、ほとんど、吉田類化しつつありますな。

2012年1月 5日 (木)

命日

愚弟が死んで4年目になります。
“まりお”という名のチンチラの貰い子で、最初のうちは母親を恋しがってかぴいぴい泣いていましたが、いつしか、家族の中で一番大きな顔をしてふんぞり返るようになりました。
鉄道模型は大好きでしたが、抱かれるのと写真を撮られるのが大嫌いで、まともな写真がほとんどありません。
猫とは思えない足取りで階段をどたどた­降りて来る割には結構すばしっこく(まあ、猫ですから…ǭ)、ネズミ(私はネズミ年…)や鳥や、時には蛇まで捕まえてくることもありました(余計なことを…狼
2008年1月4日夜には、私の足元でゴロゴロしていたのですが、翌早朝、朝の散歩に出て、自動車にはねられました。
まだ少し暖かくて、毛もふさふさしていたのが思い出されます。享年12歳

S

2012年1月 3日 (火)

年賀状

年賀状を出さなくなって幾久しいのですが、今年も何枚か届きました。
ほとんどが、保険屋と電器屋と引越屋からのもので、こういうのは放っとけば良いのですが、数枚、私信があって、正直、ぞっとしますå
「私は年賀状を出しません」という意思表示とともに、次の年以後、是非とも寄越さないようにとの思いもこめて、嫌がらせついでにA4の便箋3枚程度にも及ぶ国際関係の論文を送りつけてやるのですが、相手がよほど鈍いのか、拙稿に惚れられたのか、相も変わらず寄越されるのですܤ

ところで、この年賀状という風習は、そろそろやめにしたほうがよいのではないか
昨年、実家に年賀状を売り付けに来た郵便局員は、印刷まで請け負ってくれたのですが、ノルマをこなせず、馘になったそうです。

関西のとある報道によれば、年賀状の販売のノルマをこなすために、自腹を切って、郵便局員が金券屋に年賀状を持ち込んでいるとか。
生活実感から言えば、こんな制度は、もはや破綻しているといわざるを得ない。

友人の彼女が、“年賀状で、知人のお子さんの成長などを知る機会があるので、とても良い風習だ”などとのたもうたそうですが、私にとっては、知人の子供が大きくなろうが小さくなろうが、知ったこっちゃないわけで、そんなもののために、関係する職員の生活環境が左右される制度自体に、非常な疑問を感じるわけです。

法律を以て郵便配達以外の路駐を取り締まり、信書の配達を郵便に限定するとの制度設計をしつつ、それでも黒字にすることができない郵便制度を、税金を投入してまで保護する必要はない。

不思議なことに、郵便を民営化して成功したドイツの体験は、日本では語られることはないんですね。
日本で語られるのは、民営化に失敗した外国の事例ばかり。
個人的には、国民の税金をむさぼる役人に対して、国民を愚弄するのもええ加減にせえよという怒りばかりです。

ちょっと突っ走りましたが、ヤマト運輸の従業員が、リヤカーを牽いて物を運んでいるというのに、郵便局だけが保護されている現状に、何となく、理不尽な感じがする今日このごろです…餭

さて、頂戴した賀状の返事に、今年は、何を書くべきか…狼

2012年1月 2日 (月)

大将軍

地元で有名な和牛専門の焼肉屋に行きました。
岡田医院

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の隣の、

大将軍です礭
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当たり前ですが、金正日やら金正恩なんぞの肖像画が掛かっているわけではなく、至ってフツーの焼肉屋です。
ひょっとしたら、征夷大将軍を略して、徳川家康の肖像でも掲げられていれば、それはそれでパロディーだと思ったのですが、そういうわけでもなさそうです。

最近、あちこちで見かける大山(だいせん)地鶏の生産地である、東伯和牛の認定店です。
大山にそんなに鶏がいたとは初耳ですが、東伯の和牛は結構昔から老舗ですな。

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まずは、どぶろくܼをいただきながら、焼き上がりを俟つことにします。
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今日のお勧めの赤セン(800円)とハラミ(800円)

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冷麺(800円)


学生時代、文部省の科研費で、北朝鮮との国境近くの延吉に行ったことがあるのですが、そこに、北朝鮮資本の柳京ホテルという宿屋がありました。例の、平壌に建設中のと同じ名前のホテルですå
市政府の役人に、その中にある朝鮮料理屋に連れて行かれたのですが、下駄カルビの焼肉やら、イヌのスープやら、とても地元の人の口に入らない高級料理をいただいたことがあります。
締めに出された冷麺は、「冬に食べるんですよ」と聞かされました。
そこの支配人のおっちゃんが話す日本語は、ばりばりの大阪弁だったのですが、傍に控えているすらりとした美人のお姉さんは、胸に金日成バッジをつけていて、ニコリともせずわれわれの会話を聞いていました。
気味が悪くなって、内輪の会話はドイツ語に切り替えましたが、結構やばい内容だったので、あの姉ちゃんがドイツ語を解したらと思うと、ちょっとぞっとしますわå

2011年12月31日 (土)

蒲鉾を買いに…松江

正月休みで実家に帰って参りました。
酒を飲みながらゴロゴロǭしていると、おせち料理に使うため、松江の長岡屋茂助の蒲鉾を買うてこいとの指示がありました。
近くの百貨店まで出かけてみたのですが、生憎売り切れ…狼
で、久しぶりに、遠路はるばる松江まで買出しに行くことに…ż

松江も久しぶりですが、市内を観光していく時間的な余裕がなく、今回は蒲鉾を手に入れたらとんぼ返りです。

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松江駅

流石に地元だけあって、目指す簀巻蒲鉾が平積みとなっておりました。
帰りの列車の時間まで、30分少々あったので、店内の「一福」という蕎麦屋で年越そばがてら、ざるを一枚いただいてまいりました。

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私は、そばは更科が好きなので、あの真っ黒な出雲そばが苦手だったのですが、ここのは大変味わいが良かったですなޥ
ついでに、生酒ܼを1本いただいたのですが、竹下元首相の地元の酒屋が出しているものでした。

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冷酒でスイッチが入ったのか、例のごとく、帰りの列車が酒盛り場になってしまいましたۤ

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帰宅して、こちらは頂き物の島根ワインで一献

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ENMUSUBI(えんむすび)赤 720ml
1350円
島根ワイナリー

2011年12月25日 (日)

忘年会(その2)

予想通り礭、先日、五条の焼肉屋で忘年会をした友人と、今年2回目の忘年会ܼをしましたޥ
京都市内のめぼしい店はいちゃついているカップルだらけで気分が悪いので、伏見の黄桜酒造のカッパファクトリーで1次会å

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ここでは、早稲田と京大が共同開発したビールが飲めるということで、まずその飲み比べセットをいただくことにしました。

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続いて、京都の地ビール飲み比べセット…

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時間調整のつもりが、何となくスイッチが入ってしまいますå

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中書島で京阪電車に乗り、一路大阪へ…

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先日、書き込みをいただいた天神橋筋の“とっつぁん”という鮮魚居酒屋に吸い込まれました。

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店員さんがみんなサンタの格好をしていまして、ウェルカムドリンクで、ワインの炭酸割りをいただきました。
(なお、東京にいた時分、毎年クリスマスには(も?)、神楽坂の軍鶏屋に行ってまして、板前さんが気の毒がって、特製のカクテルをタダでご馳走してくれたのを思い出しました…ܤ

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生牡蠣(280円)

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お造り盛り(1500円)

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鮟鱇空揚げ(350円)


軒並み売り切れてましたが、その他、天ぷらと鮟肝、タラの白子にビールと焼酎、梅酒などの杯を重ねて、しめて8000円ちょっと

冗談抜きで飲みすぎたので、(この寒空の下)夜風に当たりつつ、徒歩で淀屋橋に向かいました。

途中、すさまじくインパクトの強い看板を見つけました。
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ちなみに、私は、ちょっと前までパチンコ屋だと思っておりましたޥ
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2011年12月24日 (土)

政教分離

昨日の日記にのせいで、ちょっとEccentricになっている気がします狼

拙宅近くの大学で講演会があり、仕事をサボって聞きに行きました礭
初宿(しやけ)正典という憲法学の先生の退官記念講演で、この名前を正確に発音できれば、余程の法律オタクと言ってよいでしょうな。
私がこの講演会に足を運んだのは、「ドイツの国立大学における神学部の憲法上の地位」というタイトルに興味をそそられたからですが、想像以上に面白い講演でしたな。

政教分離原則は、近代の民主国家の条件みたいなもので、特定の宗教に国家が介入することを禁止し、政治はあくまで思想中立的な立場で国民に接するという原則をいい、日本憲法でも、明文上は20条に規定がおかれています。

日本ではこの規定の適用は相当厳格で、97年の愛媛玉串料訴訟や昨年の神社に対する公有地の無償提供など、多くの訴訟で原告勝訴の判決を出してきました。
宗教の定義はさておき、国家神道を宗教と捉えれば、全く判示のとおりで反論の余地もありません。もちろん、最高裁も、政治と宗教との関わりを一切禁止しているわけではなく、いわゆる目的効果基準という考え方を用いて判断しているわけですが、本当にそれでよいのかという疑問は常々感じているところです。

ところで、日本と同じく、大戦の敗戦国であるドイツの西側では、長年に亘ってキリスト教民主同盟(CDU)という政党が政権を担ってきたことは周知のことですわな。
ドイツ軍の国籍記章も、カトリックの守護者である十字架を模したもの。
そもそも、ヒトラーの対ユダヤ人政策だって、その根底には、キリスト教とユダヤ教の仁義なき戦いの歴史をはらんでいるわけで、一体、ドイツでは政教分離政策がどのような理念に基づき、どのような制度運用がなされているのかが非常に興味深かったのですが、ドイツの国家体制との違いも含めて実に面白かったですӤä

レポートするのが面倒くさいので詳細は割愛しますが、ドイツでも、やはり神学教育に係るヴァイマル憲法の規定を、現行の基本法(憲法)が承継しなかったため、国立大学(というか、そもそもドイツに私立大があったかの???)の神学部が憲法上の疑義を醸しているようです。
ただ、ドイツの場合には、宗教に対する補助金の財源に充てるための課税項目があり、教会の自律権が学問の自由を凌駕するそうです。日本では、宗教法人に課税をすることはもとより、神戸高専事件のように、信教の自由は国家権力をも排除する強力な自由が認められているのと比較すると、およそ日本では考えられないような制度がまかり通っているようですな。

神学教育に厳格な政教分離を適用すれば、バチカンと訣別することになるので、ドイツのみならず、カトリック諸国がそのような選択をし得ないのは当然かも知れませんが、これを日本に当てはめれば、天皇が最高位の神職ですから、政治と国家神道の共存を認めるようなものですから、わが国の憲法判例に従えば、ドイツの神学教育は明らかにアウトNGということになりそうですな。

大体、800万の神様がいる国家神道が、そもそも宗教なのかという疑問はありますが、戦前から日本国内のみならず、周辺諸国にもその崇拝を強要して、周辺諸国から怨嗟の的になっちまったからには、キリスト教と同日に論じる素地はないといわざるを得ませんわな。
もっとも、ドイツでも、カトリック離れやら、イスラムの浸透で、これまでの常識がやや揺らいでいるとのことです。

ドイツは、日本の後追いをするのが好きな国らしく、国家統一は、明治維新の3年後の1871年、憲法制定は、日本国憲法施行の2年後の1949年ですから、この調子で行けば、いずれ、神学部が違憲判決を食らう日が来るかも知れません…。

2011年12月22日 (木)

63年目…

明日は、1948年に亡くなった廣田弘毅の命日ですな。
廣田だけでなく、東京裁判で刑死した他の6名の被告人の命日でもありますが、文官は廣田ただ一人で、あとは全部軍人。
理由は、日中戦争時点での内閣総理大臣であったということが理由だとされていますが、一般的な評価としては、軍に押し切られて、他の文官の責任も一身に背負って死刑台に上らされた悲劇の外交官というイメージがありますわな。

博多に赴任していた時分、ラーメン屋を捜していて、偶然に、廣田の生家の記念碑を見つけたことがあります。
天神からほど近くの、静かな裏通りで、少々感慨深いものを感じましたが、それは、彼が文官だったからではなく、彼の犠牲の上に、今の繁栄があるという漠然とした思いが脳裏をよぎったからです。

しかし、私は、文官に戦争責任を負わせたことが不当だとは考えておりませんで、むしろ、昨今の役人のえげつなさを見るにつけ、当時、戦争責任を追及された官僚が一人もいなかったことに驚きを禁じ得ないばかりか、昨今の怪しげな風潮にも、薄気味の悪さも感じています。
いっそのこと、日本政府主導で戦争裁判をやればよかったとも思う節があるのですが、日本人同士の責任追及が、どこまで冷静な判断のもとになされたかは、何となく疑義もなきにしもあらず狼

いずれにせよ、国家元首が無傷で、その臣下が絞首刑になっているのだから、相当長期に亘って刑死者を神格化させないようにするために連合国がその点について神経質になるのも分からんではないが、それにしても、わざわざ次に天皇になる明仁皇太子の誕生日に合わせて執行するという念の入りようには恐れ入るばかりです。

今の国内世論の趨勢は、われわれ一般市民が、戦争指導者にだまされて、あるいは強制されて、無謀な戦争に追い立てられ、多くの犠牲を強いられた被害者であるというもので、そうした指導者を連合国が裁いて贖罪させたのが東京裁判であるという感じでしょうか。

このような論理は、周恩来の創作みたいなもので、日中国交正常化の際に、日中の国民的友好関係を説明するのに用いられたのですが、ほとんどの日本人は、中華人民共和国由来のこんな理屈にコロッと参ってしまってますな。
その効果たるや、まるで毒入りギョーザのごとくですが、個人的には、この論理は、少し、おかしいと思う。

日本の裁判所も、そのようには考えていないようですな。
87年6月26日の最高裁判決は、「戦争被害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受任しなければならない」と判示し、その後の戦争被害賠償訴訟にかかる判例となりました。
ここには国民が被害者だという認識は微塵もありません。
軍人軍属に手厚いという立法政策上の当否はともかくとして、個人的な感覚からいえば、当然と言えば当然の判示だと思います。

アメリカをはじめとする連合国の立場に立てば、敗戦国の分際で、国家元首である天皇制の維持を訴えるのみならず、その退位を拒み、あまつさえ、民主国家再建のために制定した憲法の第1条に堂々と天皇についての定めを置くなんぞ、一体、日本人は、この侵略戦争に何ら反省をしていないのではないかという疑心暗鬼になるのも故なきことではないでしょうな。

私も同感です。…というか、左右問わず、その後の世論を振り返れば、彼らの危惧は杞憂どころか、半ば以上当たっていたことは間違いありますまい。

しかしながら、オーストリア人であるアドルフ・ヒトラーを選挙で首相に選んじまったドイツ人は、たとえその主体的活動がNSDAPによって進められたにせよ、論理的にドイツ国家の戦争犯罪を国民として償うことを選択せざるを得なかったのに、日本人は、幸か不幸か、天皇が所与の元首だったおかげで、一般国民は、その戦争責任を感じずに、むしろ、窮極的にはA級戦犯にそれをおっ被せて半世紀以上が経ちました。

けれど、おそらく、今を生きている日本国籍保有者の多くは、その身内に戦争犠牲者があるはずで、果たして、彼らを十把一絡げに軍国主義の先鋒とカテゴライズしてよいものか
思想と言論の自由が憲法上保障されているこの国で、戦争責任を追及することを無意味だという気はさらさらありませんが、その拠って立つ思想的背景に信頼を覚える事例は、愚見の限りでは残念ながらほとんどないといってよい。

そういえば、岩手県が輩出した総理大臣について、いまだに東条英機を加えるかどうかについて争いがあるそうですな。
私は、素直に、岩手県出身だと言えばいいような気がします。
近衛文麿のように、戦犯指名を受けて服毒自殺したら出身者としてカウントされるのに、裁判で死刑になったら外すというのも変な話ではないかと…狼

ところで、阿川弘之に言わせれば、無条件では賞賛の対象ではない軍人である山本五十六の映画が、明日封切りだそうですな。

«走る距離が違えば、事故に遭う確率も違う?

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